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 ←『聖ヴァレンティヌスの苦笑』 by 塩瀬絆斗 →チョコレートなんか欲しくない(改稿版) by橘 音夢
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ミニ競作1

愛入りチョコレイト事件 by江沢 稽

 ←『聖ヴァレンティヌスの苦笑』 by 塩瀬絆斗 →チョコレートなんか欲しくない(改稿版) by橘 音夢
             1

 ことの起こりは一月のある日だった。あたしも所属するみすてり研究会に、予告状が届いた。
「会長! 大変です! 謎の予告状が」
 パールホワイトのこじゃれた洋封筒を手に駆けてきたのは、先輩の沢木さん。だいたい、なにかが起きたとき、ぎゃあぎゃあと騒ぎ出すのは、この人だ。
「落ち着け、沢木。それで差出人は?」と振り向きもせず、渋いアルトで答えたのは、部長の神田川さん。
 やつらに決まっているじゃないですか、という言葉をあたしは飲み込む。これは儀式なのだから、手続きを省いてはいけない。
「ルパン委員会です!」
 そう言って沢木さんは封筒をテーブルに叩きつけた。
 ご存じない、というかたのためにも説明しておこう。念のためだ。ルパンとはフランスの作家、モーリス・ルブランの生み出した主人公。だが、この人物、ただものではない。くせものなのだ。つまりは泥棒。それもコソ泥ではない。稀代の大泥棒。不当に富を貯えている悪党からしか盗みをしない、という一種の義賊。
「ふん、あの現代版ねずみ男……じゃなかった、鼠小僧を気取っているやつらか」
 神田川の低音ボイスと悠然とした態度は、ときにツッコミを躊躇わせる。
「小林君」
 呼ばれて、返事をした。ちなみにあたしの名前は小林ではない。林正実、というのが親からもらった名前だ。田農興暁商業高校のぴかぴかではない一年生。漢字にすれば農業高校のような、耳にすれば工業高校のような、結局のところは商業高校という我が校。もともとは田農商業という女の子ばっかりが集る学校と、ぱっとしない男子の吹き溜まりのような興暁高校という男子校だった。ところが少子化のあおりで、興暁高校のほうが生徒が集らないという事態に。田農商業のほうも危機を感じ、表面上は仕方なく合併したということになっている。だから、うちの学校の男女比は、八対二で女子のほうが多いという状況。
 つまり、カップルをつくっていくと、絶対に女子が余る。それも余るほうが多数派なのだ。誰が言ったか知らないけれど、恋せよ乙女という花の季節の真っ盛りに《余る》ことになった女子たちは、青春の迷惑なエナジーと思春期の妙なエレジーのせいで、とんでもないひまつぶしに走ることになる。ばりばりの進学校のように大学入試にむけて、がつがつと受験勉強に励むという風土も志もうちの学校にはない。
 だから、ルパン委員会などという迷惑かつ意味不明な謎の組織が出てきて、毎月、毎月、ことあるごとに妙なことをやらかすのだ。ご丁寧にも予告状など寄越して。委員会などとあるから、いかにも学校活動の一環のようだが、問題の団体はもちろん、学校非公認だ。奴らは学校側からは顰蹙を買っている。それはそうだろう。試験前に学校中の印刷機をから紙だけ盗み出し、大掃除の前には学校中の掃除道具をロッカーごと盗み出した。
 だが、その手のおちゃめな犯行は、ひそかに生徒には支持されていた。これもよくわかる。あるとき、新婚ほやほやの教師から《愛》を盗み出す、として愛妻弁当を奪ったのはいただけないとの評判だが。
 そんなルパン委員会の宿敵。それが我が田農興暁商業高校みすてり研究会。通称、田みすだ。敵の組織と同じく、こちらも学校非公認。部活のような感じがするが、部活動ではない。会員の多くは、田みす研以外に部活動に所属している。部長の神田川さんは軽音楽部でギターとサックスをやっている。沢木さんは大和撫子を目指し華道部。あたしも……いや、やめておこう。笑われるのがオチだ。
「で、ルパン委員会の連中、今度はなにを盗むと?」
 けだるそうに神田川さんが聞く。
「いえ、それが……」
 沢木さんが言葉を濁した。
「貸して下さい」とあたしは奪うようにして、予告状に目を走らせた。


    予告状

  挨拶は抜きだ。
  田農興暁商業高校みすてり研究会の諸君。
  さすがに正月気分は引きずっていないだろうが、風邪など引いていないかな。
  いつも、我々の遊戯に付き合っていただき、感謝する。
  今回は趣向を変えて、いつもとは逆に贈り物をしようと思う。
  受け取ってくれたまえ。


  ニガツジュウヤッ
  カググヤジキミタ
  ヨノトクロニヨヤ
  クヲオトドケスル


   「君たちはもう済ませたかな?」ルパン委員会


 筆跡のわからないワープロで打たれた手紙を読み、小声で「律儀なやつらだな」と神田川さん。
「えぇ。挨拶は抜きだ、としながら、私たちの体を気遣ってくれている」
「バカか、沢木。そこじゃないだろう」
 珍しく会長の大きい声が飛ぶ。芯の通った声だから、この人がボリュームをあげると迫力がある。
「略さずに我々の組織の名称を書いてくれている。そこだろう」
 そこですか! 神田川さん!
「ふん、だが、高校のことを高等学校と書かなかったのはいただけないな」
 そうですか! 神田川さん!
「冗談はここまでだ。私が律儀だと言っているのはね……」
「きちんと解ける暗号になっているから、でしょう? 神田川くん」
 割り込んできたのは、珠代さんだ。会長のことを神田川くんと呼ぶのは、この上品そうな人しかいない。ところでこの人、なぜいつも和装なのだろう。うちの生徒だよな、確か。違うのか。
「さすがは珠代さんだ」と神田川さんの口元が緩む。
「そんなこと、私にだってわかりますよ。アキチ先生じゃなくっても」
「そうだ、アキチ先生はどこに」と会室を見渡す沢木さん。
「さぁ、どこかそのへんをぶらぶらしているんじゃないでしょうか」
 おほほ、と笑う珠代さん。
「アキチ先生のことは、放っておこう。腹が減れば戻ってくるだろう。ところで、珠代さんも解けたルパン委員会からの暗号は、もう君たちにもわかったろう?」
 意地悪そうな視線を送る神田川さん。
「これ、暗号なんですか!」と素っ頓狂な声をあげたのは、もちろん、沢木さん。
「暗号でなくて、なんなんだね」
「いや、単なるミスタッチのたぐいかと。だってそうじゃないですか。意味、わかるじゃないですか、だいたいのところ。八文字、四行になっているから単語や文の切れ目がわかりにくくなっていますが」
 そう言って、沢木さんは謎のカタカナの羅列を一行にしてメモ帳に書き直した。

 ニガツジュウヤッカググヤジキミタヨノトクロニヨヤクヲオトドケスル

「ね、ほとんどまともな文章になっているでしょう。《ニガツジュウヤッカ》は《二月十四日》です。ちょっとわかりにくいですけれど、日付の次は時間でしょう。《ググヤジ》は《午後四時》。《キミタヨノトクロニ》は《君たちのところに》ですよ」
 これぐらい自分にだってわかります、という顔の沢木に神田川さんが言う。
「まぁな。じゃあ、聞くが《ヨヤクヲオトドケスル》ってなんだ? ホテルを予約するとか図書館で本を予約するとか、そういう予約か? それってお届けできるのか?」
「そこだけが理解できないんですよね」
 唇を噛む沢木さんの肩をぽんと、珠代さんが叩く。
「普通に考えればいいんですよ、沢木くん。二月十四日に届けるものっていったら、あれに決まっているじゃありませんか。ねぇ、小林くん」
「は、はぁ、まぁ、二月十四日はバレンタインデーですから、チョコ、ですよね」
 派手なポーズで神田川さんがあたしを指差した。
「エクセレント! すばらしい! 君もわかってきたじゃないか、小林くん」
 一応、この台詞を口にしておこう。嬉しくはないのだけれど、人としての礼儀だから。
「ありがとうございます」
「いやなに、恐縮することはない。わかったかね、騒ぎ役の沢木」
 不満そうに沢木さんは食ってかかる。
「ちょっと待ってください。それが暗号なんですか。きちんと解ける暗号じゃなくて、ただの発想のジャンプじゃないですか。いや、ジャンプじゃない。スキップだ。いや、ハミングだ。どこに出しても恥ずかしくない暗号というものは、そういうものじゃないでしょう。きちんと法則性のある、ルールに従って解けるのが由緒正しい暗号なんじゃないんですか?」
「だから、君はダメなんだよ、沢木」
 悲しそうに神田川さんが言う。沢木さんの表情も凍りついた。
「きちんと法則性はありますものね」と珠代さん。
「ど、どこに……」
「沢木、よく聞いておけ。いいか、ヒントはルパン委員会の署名の前にある《君たちはもう済ませたかな?》だ。済ませる? なにを? この時期だ。チョコだろう、という想像は働く。いいか、ルパン委員会はわざわざ、チョコを予約しろ、と言っているのだ。だから、チョコを予約すること。それが暗号解読の方法だ」
「よ、予約なんかしてないじゃないですか」と一段と甲高い声を発した沢木。
「よく聞け。チ・ヨ・コ、を、ヨ・ヤ・ク、するんだ」
 はっと沢木の顔色が変わった。すさまじい勢いでシャープペンをひっつかむと、さきほど書いたメモの文面の上になにかを書いている。
「そういうことか……」
 メモ帳はこうなっていた。

   チ→ヨ
   ヨ→ヤ
   コ→ク

 ニガツジュウ◆ッカ◆◆◆ジキミタ◆ノト◆ロニ◆◆◆ヲオトドケスル
       

 うめくように沢木が言う。
「二月十四日午後四時、君たちのところにチョコをお届けする」
「そういうことだ」と神田川さん。


              2


 そして、ついに問題の二月十四日がやってきた。今日は会室に使っている部室棟の一室で万全の警戒態勢で臨んでいる。予告状にあった君たちのところ、というのは、元々は天文学部室だったこの部屋の可能性が高いからだ。
「それにしても、どうやってこの部屋にやってくるんでしょうね」とあたし。
「そうですよ! 二つしかない窓とただ一つの扉も鍵をかけて、室内には会長と珠代さん、私と小林くんがいる。四人の人間が監視しているんです。この完璧な密室にどうやってチョコを届けに来ると!」
「沢木」
「なんですか! 会長! そんな呑気な声で!」
「アキチ先生を忘れている」
 神田川さんの指差す先では、アキチ先生が床に寝そべっている。
「緊張感のないやつだな」と苛立ちを隠せない沢木さん。
「おほほ、まぁ、いいじゃありませんか。ところで沢木さんはルパン委員会のかたが密室状態のこの部屋に突如として現われるか、チョコが出現するということを想像しておいでのようですけれど」
「えぇ、そうですよ。いつものやりくちじゃないですか。手品のような方法で予告したものを盗み出す」
「でも、今回は贈り物を届けてくださるっていうじゃありませんか。スーツかなにかお召しになって、『いつもお世話になっております。つまらないものですが』と風呂敷包みをといてくださる展開になるかも」
 ならないでしょうね、珠代さん。
いったいどうやったら、こんな人柄の人間が出来上がるのだろう。田みす研の七不思議の一つだ。
「ちょうどあと一時間で、予告の四時ですね」と珠代さん。なんだか楽しみ、と続けたのをあたしは聞き逃さなかったが、とがめることはしなかった。そういう人なのだ。
「ちょっと待て。今、何時だ?」
 少し慌てたように神田川さんが訊ねた。
「いやですよ、神田川くん。ちょうど三時ねって言ったばっかりじゃない」
「ルパン委員会にはめられたかもしれん」
 そう口にして立ち上がった神田川さんにあたしは問う。
「どういう意味ですか?」
「なぜ連中は予告をしてきた。場所と時間を。それは四時に我々をここに引き止めておくことが狙いなのではないのか」
 まだ言わんとすることがわからない。
「神田川さん、場所の予告はしていないでしょう?」と沢木さん。静かな声が逆に事態の深刻さを感じさせた。
「だが、この部屋だということは容易に推理できる」
「あの、ごめんなさい。お話が見えてこないのです、みなさんはわかってらして?」
 珠代さんの問いかけにあたしは首を振る。横にだ。
「もし、四時になってなにも起こらなかったら、どうする?」
「どうって……神田川さん、そりゃ、しばらく様子をみますが、なぁんだ、結局、なにもなかったね、って話をしながら密室講義について語ったりなんかして帰りますよ」
 戸惑いながらも沢木さんは答える。
「それが狙いだ。なにもなかったと油断させ、密室の空間的な壁を取り除いておいて、その隙にチョコを届ける」
「でも、会長。それじゃあ、予告の約束を破ることに」
「今度は密室の時間的な壁の問題さ。だからこそ、時間と場所を指定したのだ。我々が四時だと思っていた時間、それが四時ではなかったとしたら、どうなる?」
「時間の錯誤!」
 あたしは思わず大きな声を出してしまった。
「全員の時計に細工することは難しいが、メンバーを一箇所に集めて、そこの時計だけを進めておくくらいはわけない。それが狙いだったんだ」

「今、何時?」
 沢木の言葉は問いかけというよりも、むしろ、絶叫だった。ポケットからケータイを取り出して、時計を見る。デジタル数字が202と並んでいる。2時2分。部室の時計よりも一時間も違う。まんまと一杯食わされるところだった。
「危ないところだったな」と神田川さんが時計に手を伸ばしたときだった。
「あ、そうでした」
「どうしました? なにか心当たりでも、珠代さん」と沢木。
「あの、それ、あたくしの仕業ですの。みなさんがなかなか時間を守らないものですから、最初は五分進めたのです。でも、そのうち、あ、あの時計は五分進んでいるんだ、という認識になってしまったのか、効果がないので思い切って一時間進めておいたのでしたわ」
 なんということを!
「じゃあ、これはルパン委員会の仕業ではない……」
 へなへなと沢木が椅子に崩れ落ちた。
「ごめんなさい。あたくし、とんでもないことを。でも、悪気はなかったんですのよ。本当ですよ。信じてくださいまし」
 おろおろする珠代さんをなだめてから、神田川さんはあたしにこう告げた。
「進みすぎた時計は外してしまおう」
 それから約一時間。無言の時間が過ぎていった。
「あと五分ですね」
 あたしの言葉が終わった矢先、扉がノックされた。
「小林くん」
 神田川さんにうながされて、ノブについたポッチを押してロックを解除する。ドアを開けると、すさまじい勢いでジャージ姿の人物が飛び込んできた。
「あの、ミステリー研究会ってここですよね? ここですか? ここですよね? すごいことが起きたんです。困っているんです。ここなら、そういう問題に詳しいかと思って。近所で農業を営んでいるものなんですけれど、うちの麦畑に今朝、奇妙な円形の模様ができていたんです。おかしなことに麦が根元からくにゃっと曲がっていて。いえ、折られてはいないんです。それにいたずらだとしても、それをやった痕跡が道具も足跡も、なんにもないんです。これってあれですよね。たまに番組改変期にネタのないテレビ局がやる二時間特番とかでやってるミステリーサークルってやつですよね? ね? ね? そういえば、このミステリー研究会もミステリーのサークルですよね? ミステリーサークル? ですよね? うまいこと言ったと思っているように見えます? え? 今、こいつ、ドヤ顔したなって思いました? 勘違いですよ。もう、そりゃね、ボクが本気出したら、満員の中野サンプラザが笑いで揺れますよ。人身事故じゃなくても中央線が止まりますよ。え? ボクが何者かですって? 芸人じゃないですよ。うざいから相方からコンビ解消をされた元漫才師じゃないですよ。本当ですよ。なんだか、空気悪いな。そう思いません? え、ボクのせいじゃないですよ。この微妙な空気、ボクのせいじゃないですよ。窓、開けますね。うわぁ、なんです、この犬? 飼っているんですか? まさか怪盗の名前つけてたりとかしませんよね? え、ボク? 嫌だな、男ですよ。まもなく三十路です。女じゃないですよ。この声? 声変わりしないままなんですよ。え、なんでボクのこと田中だと思ったんです? え、ジャージのゼッケン? これ、孫の、いや、孫の友達が忘れていったものなんです。今度、返しますよ。これ、犯罪じゃないですよね? え? なに? 帰れ? 帰れ? あなた、帰れとおっしゃるわかったわかりました。帰ります、帰りますってば」
 あたしは闖入者を蹴り出すと、目にもとまらぬ早業でドアの鍵を閉めた。
「なんだったんでしょう? あいつ?」
 沢木さんも茫然自失といった様子。
「本当に困りますわね。UFOだのイエティだのネッシーだのトワイライトゾーンだの虎男だのがミステリーという括りで、みなさんの大切な推理小説と混同されてしまうのは」
 妙に冷静なのは、珠代さん。
「いや、まったくだ。JFKだのクロマティだのネッピーだのラッキーゾーンだのトラッキーだの、困ったものだね、小林くん」
「はい、神田川さん」
 気持ちの入っていない返事をしてしまった。
「まぁ、部屋がめちゃめちゃだわ。さきほどの殿方が、しゃべりながら、あちこち触ったり、窓を開けたりするものだから」
「珠代さん、後にしましょう」と神田川さん。
「いや、でも……」
「これはルパン委員会の陽動作戦かもしれませんから」
 いや、違うと思うけどなぁ。
「それはないでしょう、会長」
 珍しく、沢木さんと同じ見解のようだ。
「陽動というのは、火炎瓶が投げつけられたりとか、なにかが爆発したりとかそういうレベルでないと……」
 そのとき、ボンと音がして閃光がきらめいた。それは一瞬だった。
「今のなんです?」
 線香のような匂いを感じながら、あたしは誰ともなく訊ねた。

「け、煙い」
咳き込みながら、パタパタと顔の前で手を動かす珠代さん。
その隣で「火事! 火事?」とやかましいのは、もちろん、沢木さん。
「落ち着け、なんなんだ、このスパイ大作戦のテープが消滅した後みたいな煙は」
「当局は一切、関知しませんのね」と珠代さん。
「あ、あれ」
あたしは煙のなかに見えた異物を指差した。
会室の一番、混沌とした場所、腰ほどしか高さのない本棚の天板の上に見慣れない包みが置いてある。
「包み紙の柄が昔のポケミスの表紙の抽象画みたいだな」
そこですか! 神田川さん!
「あんなもの、なかったですよね?」
 あたしは確認をとる。ごちゃごちゃとしていたから確かではないが、あんなものはなかった、というのが共通の認識だった。
「三日ぐらい前から白い紙袋みたいなのがあったのは覚えていますが」と珠代さん。あたしは気がつかなかった。他の面々もおそらくそうだろう。
「煙とともに突如と現れたか」と渋い声を一層、渋くして神田川さん。
「普通、煙のようにドロンと消えるんですがね」とまぜっ返したのは、珠代さん。
「いや、そうなのかもしれない。疾風のように現れて、あれを届けて、煙のように消えた」
 大真面目に神田川さんは言う。
「ともかく、中身を見てみるか」
 神田川さんの言葉に珠代さんが大きくうなづいた。
「そうしましょう。せっかくいただいたのですから」
やはり、この人はちょいとずれている。女版与太郎といったところか。
視線があたしに集まっていることに気づいた。
「なにか?」
「さぁ、早くしたまえ、小林くん」
「え、あたしが」
「万一、爆発物だったらどうするんだ。こういうのは君の役割だろう。まさかレディを危険な目にあわせるつもりか」
「アキチ先生だって一応は」
抗議するあたしにすかさず神田川さんが言う。
「まさか小林くん、君はアキチ先生の手をわずらわせるなどという犬畜生にも劣る真似を」
「まぁまぁ、いいじゃありませんか、神田川くん」
「珠代さんがそうおっしゃるなら、さぁ、小林くん」
 声が遠ざかっていく。振り返ると、いつの間にかドアのところまで全員避難している。念の入ったことに人でなしたちは、それぞれ防具を身につけている。会長は土鍋を、沢木さんはざるを、珠代さんは急須の蓋を、アキチ先生はお茶缶の蓋を頭に。
 包みのなかから出てきたのは、十五センチ四方のダンボール箱。ガムテープを破いて、蓋を開ける。
「過剰包装か。このエコの時代に」
 エゴのかたまりのような会長が、よくもそんなこと言えたものだ。
 ダンボール箱から出てきたのは、十センチほどの透明なアクリル板でできた箱。天板が開くようになっているが、鍵が二つ、ついている。一つは0から9までの数字が振られたダイヤルを三つあわせるタイプの数字錠。もう一つは南京錠。
 そして、問題は二種類の鍵のかかった箱の中身だ。
「は、箱のなかにハートが」
 いつの間にか隣に来ていた沢木さんが大声をあげる。
「この色は……チョコ」
 ぽつり、と神田川会長。
 間違いない。箱のなかはチョコレートだ。かすかに漂う甘い香りからしても、そう断言できる。
「あれ、まだなにかありますよ」
 ごそごそとダンボールを探っていた珠代さんが、なにかを取り出した。
「お手紙ですわ」
「どれ、拝見しようか」
 神田川さんが手紙をテーブルに広げる。文面は次のとおり。
 

田みす研の諸君へ

受け取っていただけたようだね。
透明な密室からハートを取り出して、爆弾を解除してほしい。
もう爆発しそうなのだ。
すくいだしてほしい。


 確かにこれは密室だ。アクリル製の小さな透明の密室のなかに、ハート型のチョコが閉じ込められている。それを救い出せと。
「挑戦か。いつもの連中らしくなってきたじゃないか」
 なぜだか嬉しそうな神田川さん。
「とりあえず、鍵を一つ開けてみようか」
「開けられるんですか」
 思わずあたしは質問する。
「まぁな、たぶん、あの方法で数字錠のほうはなんとかなると思う」
「わかりましたよ、神田川さん」
「ほう、沢木はわかったか」
「えぇ、しらみつぶしにやっていけば、数字錠はいつかは該当する並びになる」
「でも、それはスマートではありませんね」と珠代さん。
 珠代さんにまで言われ、不満そうな沢木さん。口を開きかけたタイミングで神田川さんがこう告げた。
「そう、スマートじゃない。荒っぽい手でいいならば、ドライバーで箱をこじ開けることもできる。だが、それはスマートじゃない。小林くんたちの言うところの野暮ってやつだ」
「じゃあ、神田川さんは一発で数字錠のロックを解除できると」
「沢木、214だ」
 突然、そう言われ、きょとんとする沢木さん。
「さっさとしろ、沢木。ダイヤルを合わせろ。数字は214だ」
 バレンタインデー、2月14日を意味する数字であることは明らかだ。
 沢木さんの指が動く。ほどなく、鍵が開いた。
「まさか、こんなにあっけないとは」と数字錠をもてあそぶ沢木さん。
「まぁ、胸を張って推理とは言えないがね。謎は解いた」
 言葉とは裏腹にどことなく胸をそらしているように見えるが、気のせいということにしておこう。
「あら、まだなにか」
 珠代さんが大胆にダンボールを持ち上げて、ひっくり返した。カタンと軽い音がして、なにかが床に落ちた。あたしはそれを拾い上げる。
「アクリルの板?」
 箱と同じ素材と思われる厚さ二センチほどの板だった。
「ただの板じゃないぞ、小林くん。ハートだ」
「灰皿、でしょうか」
 会長と珠代さんの言うとおりだった。板はハートの形にくぼんでおり、灰皿のようにも見えた。
「あれ、アキチ先生、なにを見ている……なんです、いや、火のついたマッチが!」
 またしても沢木さんがぎゃあぎゃあやっているうちに、すっと神田川さんがマッチを拾い上げる。そして、ふっと一息。すぐに火は消える。
 じっとマッチを見つめた後、神田川さんはアキチ先生を見つめる。アキチ先生は窓のほうを見ている。どうも寒いとは思っていたが窓が少し開いている。そういえば、さっきの闖入者が窓を開けたのだった。
「あらあら、これじゃあ、冷えるわけです」
 ぼやきながら、珠代さんが窓を閉める。その背中に神田川さんが告げる。
「あぁ、珠代さん。そこから誰か見えるかい?」
「いえ、どなたも。どうかなさいまして」
「そうか、それは残念。もしかしたら、犯人がまだいるかもしれないと思ったのだがね」
 なんですって! 神田川さん!
「そんな顔をするな、小林くん。沢木、いつものように騒がないのか?」
「またまた、今度はほらでしょう、会長」
「いやいや、今日は冴えているのかな。プレゼントを届けたトリックがわかった」
「どういうことです?」
「おぉ、沢木、いつもの調子が出てきたじゃないか」
 けらけら笑う神田川さんに、あたしは気になっていた疑問をぶつける。
「あの、会長。さっき《犯人がまだいるかも》と言いましたよね」
 タバコ、ではなく、タバコを模したパッケージのチョコをくわえ、黙ってうなづく神田川さん。続けろ、と手でうながす。
「それはつまり、あの窓の外で犯人がなにかをしたということですね」
「いいねぇ、小林くん。ほら、君も」
 シガーチョコを渡された。ありがた迷惑というやつだが、とりあえず、受け取っておく。
「そういうことだ」
「もしかして、そのマッチもトリックに関係ありますか?」
「いいね、もう一本あげよう」
 またチョコが差し出される。弱った。謎を解いてでもしまったら、箱ごと押し付けられかねない。
 まぁ、いい。その先はあたしには、皆目、見当もつかないのだから。
「だが、そこまでのようだね、小林くん。仕方ない。ちょっとした知識が必要だからね」
「拝聴しましょうか、みなさん」
 珠代さんの言葉に沢木さんもうなづく。
「君たちはフラッシュペーパーというのは、知っているかね?」
 なんだ、それ? あたしは知らない。隣に目をやる。沢木も首を横に振った。その隣で珠代さんが小学生のように手を挙げていた。
「おや、知っているのは珠代さんだけか」
 ご存知なんですか! 珠代さん!
「あれですよね、手品に使う火に触れると、それこそ瞬間的にぱっと燃え上がってしまう」
「そのとおり! マグネシウムかなにかが配合されているのだろうけれど、火がついたら、瞬間的に燃え尽きてしまうんだ。もうわかったろう」
 なんとなく、見えてきた気がする。
「ということは、それが今回のトリックにも用いられた」
「そうだよ、沢木」
 どことなく声に気持ちが入っていないのは、神田川さんが壁に貼ってあるポスターに注意を奪われているからだ。視線の先にあるのは、大手予備校H学院の模試の案内に、合唱部の野外音楽堂でのライブの告知、それに月末の芸術鑑賞会の告知だ。名探亭虎男という聞いたこともない落語家が来て《探偵小説版 寿限無》という噺をやるらしい。
もしかして、神田川さんも落語に興味があるのか?
「ところでホックが……」
 神田川さんがそう言いかけたところで、突然、鍵もろともドアを蹴破り、何者かが猛烈な勢いで駆け込んできた。岩内優奈。あたしと同じ、一年生の田ミス会員だ。
 優奈は走ってきた勢いそのままに、会長に往年の長州力も顔負けのラリアットを食らわせる。たまらず、神田川さんはひっくり返る。
「恥知らず!」
 それだけ告げると、優奈は足早に部屋を去っていった。
「神田川くん、大丈夫?」
 起こそうとする珠代さんを手で制し、会長は立ち上がって一言。
「あいつ、絶対、今度、さそり固めだ!」
異様な空気に構わず、沢木さんがたずねる。
「あのスパイ大作戦みたいな煙がフラッシュペーパーを燃やした際に発生したものというのも、あのマッチがフラッシュペーパーに着火するためのものというのも想像できるのですが、肝心のフラッシュペーパーはどこにあったんです?」
 後頭部をさすりながら、神田川さんは答える。
「目の前にあったんだよ。そう、このチョコが届けられたのは、正確には今日ではない。少なくとも三日は前だ。犯人は隙を突いてこの部屋にチョコを届けた。珠代さんが目撃していた謎の白い紙袋こそ、フラッシュペーパーだったんだ。そして、その特製の袋のなかにポケミスの表紙っぽい包みが隠されていた」
 なるほど、だいたいのところがわかったような気がした。
「犯人はその窓の隙間から火のついたマッチを放り込み、白い紙袋に火をつけた。フラッシュペーパーは瞬間的に燃えて、後には袋の中身が残る。そう、あたかも突如、贈り物が届けられたように見えただけで、本当は袋が消えただけなんだ」
「じゃあ、犯人は……ミステリーサークルの怪人物?」
「ご名答だ、沢木。どうした? すっきりしないって顔だが」
「そうですよ。部屋にチョコを持ち込んだこと、変な依頼人を装って窓を開けたことまではいいでしょう。でも、どうやって犯人はあんな細い窓の隙間からマッチを投げ込んだんです?」
「うーん、それは甲子園にも出られるくらいの猛練習をしたのだろう」
 それですか! 神田川さん!
「訓練の賜物、ですわ」と珠代さんがにこやかに笑う。
「さて、お次は密室の謎だが……ん?」
 プレゼントが置いてあった本棚の上で、神田川さんの視線が止まる。なにか嗅ぎつけたらしい。
「小林くん、これ、おかしくはないか」
 会長の指差す先には、洋書のペーパーバックがあった。
「これは“THE BURNING COURT”、カーの『火刑法廷』の原書じゃないですか」
「君の目は節穴か。よく見るのだ。先入観にだまされるな」
「こ、これは“THE BURNING COURT”じゃない! “THE BURNING HEART”になっている」
「こしゃくなまねを。これがヒントでなくてなんだというのだ!」
 わざわざ原書を買ってきて、ちょっと見ただけではわからないように丁寧な細工をするとは! 手のかかることを!
「それって《ハートに火をつけろ》ってことですかしら」と珠代さん。
 しばらくあごをなでていた神田川さんが、こう言った。
「ようし! わかった!」
 会長、まさかそれって!


■作者からのメッセージ ■
電ミスぷち競作、開催です。
言いだしっぺとしてはテーマである「バレンタインデー」に
どうしても作品を公開したく、苦心の末、
「連載」という奇策で乗り切ることにしました。
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~ Comment ~

遅くなりましたが 

ようやく読ませて頂きました♪
でも、まだなんだか、たくさん謎が残ったままですね?
今も連載中なのでしょうか? それでしたら、私のアドレスに本文をメールで送って下されば、続きを掲載しますので、いつでもどうぞ(^^)。

ノリノリの雰囲気が楽しかったです。
暗号は難しくて解けませんでした。小林さんの謎も「なぜ小林さんと呼ばれているか」「もう一つのクラブ活動は何なのか」など、答えが知りたいです!
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